INDEX

  1. 正解を押し付けない「余白」の指導。個の輝きと自立を促す井上監督のチームビルディング
  2. 天皇杯JFA 全日本サッカー選手権大会で見せた「自立」の証明。正解のない難局を、自らの意志で切り拓く思考の伴走
  3. サッカーのその先を生き抜く力。「自立した個」を育む、進化し続けるチームビルディング

INTERVIEWEE

井上 卓也

INOUE Takuya

1967年、兵庫県生まれ。兵庫県立明石南高等学校、大阪体育大学を経て、ドイツ・ケルン体育大学へ留学(BC EFFERENに所属)。帰国後は、ジェフユナイテッド市原のドイツ語通訳として活躍。その後、ジェフユナイテッド市原(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)、ブランメル仙台(現・ベガルタ仙台)、大宮アルディージャ(現・RB大宮アルディージャ)にて、トップチームのコーチや育成年代の監督など多岐にわたる役割を歴任。2015年から2018年にはU-18シンガポール代表監督を務めるなど、海外での指導経験も持つ。2020年、東洋大学体育会サッカー部男子部門監督に就任。2024年度の全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)、2025年度の総理大臣杯全日本大学トーナメント初優勝を果たす。天皇杯でもJ1勢を連破するジャイアントキリングを成し遂げるなど、チームを大学サッカー界の頂点へと導いている。

正解を押し付けない「余白」の指導。個の輝きと自立を促す井上監督のチームビルディング



──サッカー選手の能力や個性を最大限に引き出すために、監督が日頃から工夫されていることはありますか。

正直に言えば、私自身が「こうすれば個性が伸びる」という絶対的な答えを持っているわけではありません。ただ、過去に師事した素晴らしい指導者たちは、選手の可能性を極限まで広げる天才でした。彼らの背中を見て学んだのは、指導者が「こうあるべきだ」という枠を、決めつけすぎないことの大切さです。

チームとしての方向性は示しますが、選手それぞれの特徴、例えば足の速さや技術、キャラクターなどが、その枠の中で消えないようにしたい。もし決定的に足りない部分があれば補うことは大事ですが、基本的には彼らが持っているストロングポイントを伸ばすほうが、本人たちにとってもエネルギーが湧くはずです。

そのため、私は一人ひとりの選手と向き合い、日頃から彼らの声に耳を傾けることを心がけています。こちらから一方的に決めつけるのではなく、「今のプレーにはどういう判断があったのか」と本人の感覚を聞く。そうすることで、私の見え方と彼らの考え方のズレを埋めるようにしています。

また指導の場では、自分の感情表現を素直に出すことも意識しています。良いものは良い、良くないものは良くないと、嘘のない感情を伝える。その上で、彼らのパフォーマンスに対して、いかにプラスのフィードバックを返せるかが私の役目だと思っています。最終的には、彼らの自己表現が上手くかみあうことで、最良のチームプレーとなると考えています。自分の想像を超えた化学反応を起こす瞬間が見られたときに、指導者としての面白さを感じます。

──監督の一人ひとりと向き合う姿勢が、選手の主体性を育んでいるのですね。リーダーシップを育てる取り組みについては、いかがでしょうか。

キャプテンや副キャプテンを私から指名することは、基本的にはありません。選手たち自身で話し合い、納得して決めるプロセスを何より大切にしています。自分たちで役割を背負うと決めたとき、リーダー自身の覚悟はもちろん、周囲の仲間の責任感も自ずと変わってきます。

リーダーの形は一つではありません。言葉で強く牽引する者もいれば、背中やプレーで示す者もいる。私自身、かつて通訳という仕事からキャリアをスタートした際に痛感したのは、言葉というものの計り知れない難しさでした。単に翻訳するだけでは、発信者の意図を伝えることはできません。そして、たとえ意図が明確であっても、受け手の立場や背景によって解釈は驚くほど多様に変化します。正しく伝えることの先にある、「どう受け止められるか」という奥深さにこそ、コミュニケーションの本質があると感じています。

だからこそ、私はリーダーに対して特定の理想像を押し付けることはしません。今年のキャプテン・山之内佑成は、昨年のインカレ優勝後に「俺がやります」と自ら手を挙げましたが、彼に対しても同様です。指導者が正解を与えてしまえば、思考はそこで止まってしまいます。あえて一歩引いて彼らにすべてを託すのは、言葉の届かなさやチームをまとめる困難に正面から向き合ってほしいからです。その葛藤を乗り越え、自分たちなりの言葉と方法を見つけ出す過程で、真の自立へと近づくのだと信じています。
 

天皇杯JFA 全日本サッカー選手権大会で見せた「自立」の証明。正解のない難局を、自らの意志で切り拓く思考の伴走



──選手同士のコミュニケーションや、チームの雰囲気づくりで大切にされていることは?

どうすれば選手が主体的に動き、考えられるようになるか、そのための仕掛けをいかにつくるかを常に考えています。私自身、チームビルディングについては、今なお学びの途中であり、常にアップデートが必要だと感じています。ただ、指導者が過剰に働きかけすぎると、かえって選手たちの対話を妨げてしまうのではないか、という懸念もあります。

そのため、指導者側から一方的に情報を与えるのではなく、彼らが自ら思考する「余白」を残すよう意識しています。例えば、昨年からは次の対戦相手の分析や戦術ミーティングを、選手たち自身に主導させています。自分たちで相手の特徴を掴み、それに対してどう戦うかを言語化して共有する。こうしたプロセスを自分たちで踏むことが、結果としてピッチ上での創造性や連帯感を生む鍵になると考えています。

また、私は彼らとは、いわゆる「教える側」と「教わる側」のような関係になりたいとは思っていません。監督と選手という立場はあっても、一人の大人として対等でありたい。日常のマナーや挨拶を大切にし、一人の自立した人間として互いにリスペクトし合える空気を、選手たち自身に作っていってほしい。こうした経験が、サッカーだけでなく、彼らのその後の人生においても自立した人間としての糧になることを願っています。

──プレッシャーのかかる場面で、選手が力を発揮できるようにどのような声掛けをされていますか。

「こうすれば勝てる」といった断定的な言葉は使いません。代わりに、物事を多角的に捉えるヒントを提示するようにしています。これは私が過去に師事した指導者から学んだことですが、例えば「相手から自分たちがどう見えているか」という逆の視点を持たせる。相手だったらどんなふうに自分たちを分析して戦ってくるだろうか、など。視点を変えることで、緊張で狭まった視野を広げてあげるイメージです。

天皇杯でJ1クラブと対戦した際も、余白を活かしたアプローチを行いました。格上相手だからといって、私が選手を過度に奮い立たせるようなことはあえてしませんでした。学生である彼らにとって、J1という自分たちが目指す場所にいる人たちにチャレンジできる機会は、それ自体が何よりのモチベーションであり、実力を証明するための最高の舞台だからです。私はただ、「この最高のシチュエーションを、どう自分たちのものにするか」を問いかけました。

この姿勢は、2回戦の柏レイソル戦で大きく実を結びました。キャプテンの山之内が2026年加入内定し、かつ相手(柏)アカデミー出身者が多く在籍するチームだからこそ、古巣との対戦は単なる一試合以上の重みを持ちます。ここで私が「勝て」と重圧をかけるのではなく、彼らの内側から湧き出る最大級のモチベーションを信じて一歩引いたことで、選手たちは過酷なコンディションの中でも、自分たちの持てる力、あるいはそれ以上のパフォーマンスを発揮してくれました。

一方で、柏戦の勝利後にチームに漂った「次も勝てるんじゃないか」という空気に対しては、「ハングリーさに欠ける」と率直に伝えました。これもまた、私の感情を嘘偽りなく伝えるフィードバックの一環です。「J1を破るというハードルを自分たちで上げた以上、次も簡単に超えられると思うな」という問いかけに対し、選手たちは再びマインドセットを見直し、続くアルビレックス新潟戦では見事に、受け身ではなく挑みかかる姿勢を取り戻してくれました。

最後に判断を下し、責任を持ってプレーするのは、ピッチに立つ選手自身です。私は彼らの思考のプロセスに伴走し、視点を広げるヒントを置くだけ。柏、新潟という強敵を連破し、大学サッカー界に歴史を刻んだあの歓喜の瞬間は、彼ら自身の手で掴み取った「答え」そのものでした。この自ら掴み取った成功体験こそが、その後の総理大臣杯初優勝というさらなる高みへと、チームを押し上げる決定的な原動力になったのだと確信しています。
 

サッカーのその先を生き抜く力。「自立した個」を育む、進化し続けるチームビルディング


サッカー天皇杯6月11日の2回戦勝利後の様子

──井上監督にとって、サッカーを通じた「教育」とはどのようなものでしょうか。

勝利やプロへの道は、あくまで一つの通過点に過ぎません。目標に向かって努力することは尊いですが、プロになれるのは一握りですし、人生は必ずしも努力がすべて報われるとは限りません。私自身、教員を目指しながら通訳/指導者になるなど、想像もしていなかった道を歩んできました。

だからこそ、サッカーという競技を通して「何が起きても自分で考え、立ち上がれる人間」を育てたい。勝った負けたという結果以上に、その達成のために何を積み重ねてきたか。失敗してもそれをどう糧にするか。そんな「自立した人間としての強さ」を育むことが、サッカーの本当の価値だと思っています。

──最後に、サッカーに取り組む学生や読者へメッセージをお願いします。

大学4年間はあっという間ですが、ここでじっくりと自分を磨き、自立への階段を上ってほしい。たとえプロの道へ進まなかったとしても、ここで培った思考力や人間性は一生の財産になります。「何でも経験したもん勝ち」という精神で、豊かな人生を歩んでいく。そんな教え子たちの背中を見守れることが、私の最大の喜びです。
 

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